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zoom RSS マントルトモグラフィー、プレートテクトニクスの怪しさ

<<   作成日時 : 2015/06/11 16:24   >>

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※地震派の伝わり方について
マントルトモグラフィーという画期的な解析によってマグマの熱分布が分かったと埼玉大の角田氏の本にあるから「ほ〜そうなんだ」と感心していたが、それについてつっこんで調べてみると、かなりうそくさい。

MUOGRAPHERSのミュオグラフの東大・田中氏の講演の中でも、マントルトモグラフィー誰がやっても同じにならない「再現性のないもの」としてこき下ろされていた。

※トモグラフィーのトモとはギリシャ語で断面という意味だそうだ

マントルトモグラフィーやプレートテクトニクスは石田研究室の「新地震学」のHPでもこき下ろされている。
地震波が密度によって高々2%しか違わない事を根拠にこれだけ異なる物質の深さ方向の分布を一意的に描くのは不可能という訳だ。
確かにその通りで、非常にがっかりさせられる話である。
マントルのスーパープリュームの間断が地震や火山活動の間断につながっているという埼玉大の角田氏の説明に納得していた自分としては、スーパープリューム自体が否定されると大変がっかりする。

一方石田研究室のHPではマントルという流体の中を地震波が伝わるわけがなく、地殻底面と表面の間の散乱でしか伝わらない、としているが、これもどうなんだろうか?
音や光が水の中を伝わらないという事実はない。もちろん距離により減衰はする。
それが地震波のようにより長周波数になればより遠くまで伝わるとは容易に予想がつく。

ただ、水中より海底面と海の表面の間の散乱の方がよく伝わるのかどうかは、水中の透過率と海底面、海水面といった境界面での反射率を実際に実験的に測定してみなければ何とも言えない。

波の伝搬というのは原理はシンプルだが、媒体ごとに透過率、反射率が異なるので意外と難しく、直感的に答えられない。

マントルトモグラフィーの計算は誰がやっても同じにならないとミュオグラフの東大・田中氏は言うが、
地殻やマントルに関して実験的に散乱断面積、吸収断面積といった物理データが整備されれば誰がやっても同じとなると期待される。

ただし、内部構造がどうなっているか誰も知らないので、100°の角度を超えて地震波が地球の裏側には伝わらないという実験事実から、地球の中心には固体のコアがあるとかなんとか何らかの説明モデルをあらかじめ持つ必要がある、というところがやっかいなところだ。

そういう意味ではニュートリノ観測こそ地球の内部構造を知る手掛かりになりそうだが、
いかんせん検出断面積を稼ぐには膨大な体積の検出器が必要になり、当分実現できそうにない。



現代定説となっている科学でボクが疑っているものは3つとなった。

1)ダーウィンの漸進進化論
:進化は漸進的でなく同時多発的かつ急激でなければおかしい。
眼がいい例だ。カンブリア紀の生物の爆発的進化は恐らく眼の獲得によるものだと思うが、これはセンサーとその信号の処理装置とアクチュエーターの3つが同時に獲得されないと意味がないのだ。
順番に世代を追って獲得されうるものではない。もっていても意味のない組織を対価を払って何世代も継承することは考えられない。

そもそも「適者生存」などというのは結果論であって何の因果関係も示していない。
その時代に生存したものを適者というだけだ。

むしろ何がどう生存するかという因果関係はゲームの理論で展開されるべきものかもしれない。

生命、生物を説明する理論としてはあまりにいい加減なでたらめな話で科学と言えるものではない。

それを崇め奉る連中は、人がネズミから進化した類人猿と同類のただの動物であることを示したことを「偉大」と考える(もとは世界の中心の地位にあった)キリスト教徒たちだけなのではないか?

 

2)素粒子論
クォークやニュートリノが存在しないとは言わないが、電磁力、強い相互作用、弱い相互作用を重力と統合
できないのでは意味がない。

分子→原子→素粒子と物質の階層を一つ増やしただけの価値だ。

『標準理論』からヒグス粒子が予想されていた。それが見つかった。
それでノーベル賞というのはどういうわけなのだ?
標準理論という名前の仮説が一つ検証されただけではないか?

その理論はそもそも重力の起源を記述しているのか?
それなしにそれが「正しい」というのはどういう意味なのか?
それがこの宇宙を記述していると言えるのか?
電磁力、強い相互作用、弱い相互作用の三つしか説明できない理論にどういう価値があるのか?

重力を統合でき、量子力学と一般相対論の矛盾を解消できなければ、
期待していた「素粒子」ではないし、「理論」でもない。

3)プレートテクトニクス
マントルが流体であり、それが冷えて固まった地殻が漸進的に移動している、という説明は観測事実に即している。

しかし地殻がマクロ的に見て固体なのか流体なのか、動きはいつも漸進的なのかという疑問点がある。

直感的にはある程度伸び縮みもする弾性変形するものでなければ造山活動はありえない。
完全な固体ならヒマラヤ山脈などできはしない。これは誰が考えても確かだ。

海溝型地震の説明やマグマだまりといった仮説もあやしい。

どこまで厳密な実験事実なのか、何を根拠とすべきなのか、時間をかけて考えないといけない。

地震学者、地質学者、地球物理学といった連中の言っていることを真に受けていいとは到底考えられない。



こんなに世の中の定説に怪しさを嗅ぎ取るのは元々疑り深い性格もあるが、大学の研究室が当時素粒子論を斜めに見ていた宇宙線物理だったからなのかもしれない。

当時の加速器はまだGeVのエネルギーのイベントを作り出していなかったが、原子核乾板には既に数TeVというとんでもないエネルギー・イベントを検出していた。だからクォークなんて「素粒子」なわけがない、もっと小さいものがある、と加速器実験の連中を冷ややかに見ていたのだ。

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