★新しい経済・仮説で更なる検討が必要な部分

ボクの考えている構想で、まだ怪しいと感じている肝心な部分はなにか?

つまるところ以下の点に集約されるかもしれない

子育て支援で保育士の給与を上げる、若い男性社員の労働時間を制限する、
建築、運輸、観光、IT開発といったドメスティック業種で中小企業を統合・中企業化して価格の過当競争を排除する
(飲食業などでも同じアプローチは可能か?あるいはデフレ時と同様に放っておいても価格上昇が全ての業種に波及するか?)。
*人件費コスト競争を排除するアプローチ

この流れにより生活者の給与を上げていったとき、次の疑問に答える必要がある
-業界全体で中小企業を統合していけば業界内の価格競争は起きず、受注は減らず、純粋に売り上げが増加するのか?それとも価格上昇により全体需要は落ちるのか?
 例えば建築コストがどこでも5%上昇した時に、建設需要は5%減るのか?
-この賃金上昇(雇用インフレ)は結果としてGDPを押し上げるのか、押し下げるのか?
→GDPを押し上げるのであれば税収は増え、巨大財政赤字の解消が進展する
この部分の検討が不十分と考えられる


より要約すれば次のDiagram(要因関連図)が正しいかどうかだ。
底辺の所得増加(格差の縮小)→消費の拡大(需要の拡大)→経済の拡大
→税収の拡大→財政赤字の減少トレンド
底辺の所得増加(格差の縮小)→結婚の増加→出生率の改善→人口増加へのトレンド変換


注)超金利政策を提言したクルーグマンがその失敗に対して「需要が見込みよりもずっと小さかった」と言い訳したが、それと異なり、この手法で主張しているのは「格差がある限り需要はある」ということだ。
クルーグマンやそれに同意した浜野氏や黒田総裁と違って、私の目的は適度なインフレ(≒2%程度の経済成長)ではなく、格差の縮小と人口増加トレンドへの変換だ。
人口が減少している局面で1,2%の経済成長をしたといって何かいいことがあるのか?
何かの問題解決になるのか?
何の訳にも立たない。注記 終わり)

また、インフレが起きるとき次の点も論点になりうる

日本銀行が(買い集めて)保有する国債はインフレで金利が上昇した局面で政府が金利を支払う必要がない。
実際に米国FRBが保有する国債については米国政府は金利支払いをしていない。
これは、日銀が政府を親会社とする子会社であり連結決算対象だと見なすと、保有する国債は政府のバランスシートに記載されるべき負債になるのではないか?という問いでもある。負債ではあるが親会社から子会社へ金利支払いをしないというのはおかしな話なのだろうか?

日本の民間銀行はBISの資本規制に準じることになっている。何故か日本政府とは何の関係もない組織の下部組織だ。(BISはロスチャイルドなどのユダヤ系金融機関の元締め組織と考えられている)しかし日銀はそうではない、という立場であればしらばっくれても何の問題もない。

以上の前提の上では、現在保有している国債発行残高のの4割については日本政府は金利の支払いは今後とも必要ない。ただし、市場に残る6割についてはインフレに伴う金利上昇に対応して金利負担が増加していくことになる
これは逃げようがない。

もはやこれ以上ゼロ金利政策もマイナス金利政策も行使しようがなくなってきており、その出口戦略が求められている局面だ。
国債の発行残高画すさまじい金額である以上、その金利支払いもまたすさまじい金額になってしまう。この負担をどうにか逃れる手段を超法規的に行使する必要が生じるかもしれない。
例えば、数年間法令で、市中金利が5%でも国債の金利は2.5%に抑制する、などである。国外の保有者に対してはそれはできないが、そういうアナウンスが出るだけで国債金利や国際価格が急上昇したり市中金利に変な影響が出る可能性もあるだろうか?
実際には海外保有率は日本国債の場合10%なので、10%部分の金利が5%より大きく上昇しても金利支払いが困難になることはないだろうし、為替への影響も限定的となるのではないかと考えられる。

まともにインフレに連動した国債金利を支払うとなると税収の増加より金利負担の増加が上回ってしまう危険があるかもしれない。この点は今後検討していかなければならない。



もちろん、金利が上昇すれば円は高くなり強くなる。
当然、輸出産業は打撃を受ける。
しかし、この枠組みはグローバル経済からの脱却なのであり、そもそも輸出産業の切り離しを前提としている。グローバル経済からの切り離しとはモノの貿易立国という古いパラダイムからの脱却だ。
それはもう限界にきている。輸出を第一に考え、為替レートを円安に保つために通貨安競争を繰り広げる必要はない。
国際的な価格競争にさらされる(中国韓国あるいは東南アジアで簡単に作れる)コモディティの部品や製品の生産で雇用を賄う比率を落とすということだ。
切り離しは別に国が税制で強制しなくとも、為替が円高に振れれば自動的に生産工場は海外に移っていくだけでも良い。しかし、税制としても脱グローバル経済を仕掛けていく必要があるだろう。
通貨・円が高くなれば輸出は不利になるが、輸入は有利になる。
石油エネルギーの購買力が上がることがドメスティック産業の後押しにもなると考えればよい。

しかしこのシナリオでは部品・製品の生産で確保していた雇用が少なくとも輸出の分、失われることになる
輸出がGDPの14%というと全雇用の14%というイメージにしかならないが、自動車産業の約半分の雇用と考えると相当な規模だ。
この部分の検討の深堀りが必要だ。
子育て中の女性の非正規労働者の時間単価を正社員と同等とするオランダ型賃金を実現し、なおかつ男性については非正規従業員をなくして正社員化することがまず格差是正の第一歩だ。
そうでなくては人口増加は望めないし、年金も積み立てられない。
国民の大半が年金を積み立ててはいない現状が年金制度崩壊の最大の要因だ。
こうした労働政策をとったとき、雇用は縮小するだろうか?拡大するだろうか?
ボクは第一感で拡大するとふんでいるが、まだシナリオを組み立てきれていない。
今後詰めていかなければならない。



蛇足)
予想される反論に対して
今後の産業はAIを使ったロボットだと考えている多くの人々は大反対だろう。
これからはロボットの輸出で雇用が確保できるとそうていしているのだろう。
しかし、それではこの国の破たんは免れられない。
あくまでも、その部品・製品は価格の国際競争にさらされるコモディティに過ぎないのだ。
労働者の4割が非正規労働という環境は改善されず、彼らは年金を積み立てられない。
そういう産業遷移で得られる経済成長は人口減少と相殺する程度のわずかなものに過ぎない。
国民全体の収入が上がるものではなく、一部の産業が成長するだけのものだ。
今までの20数年間見てきて分かるだろう。
そういう産業ごとの遷移の経済成長への寄与はほんの少しに過ぎない。
人口減少と相殺する程度の生産性向上や経済成長はクルーグマンのいう「需要」を増やさないし税収を増やさない。
したがって、財政赤字削減のシナリオを描けない。
我々普通の仕事を得て生活できている年代はいいかもしれないが、本来これから就業し、結婚し家庭を持つことを夢見る若い世代にとって、今の日本の現状は真っ暗闇に感じるだろうと、どうして想像できないのか?

この行き過ぎたグローバル経済は(意図せずして)自国を破滅させる経済だった。
シャープがつぶれ、松下電器が傾き、東芝がつぶれかかっているのはそれぞれの経営者がただ単に「いま」を読み違えた失敗だったのかもしれない。その前にもNEC、富士通といったところの半導体産業が姿を消している。
グローバル経済とはそういうものだ。
自動運転自動車の時代になれば、トヨタやホンダ、日産といった日本の最後の砦も下請けメーカーになり下がる。
電気自動車の時代になれば、エンジン設計の優位性は全くなくなり中国などと横並びになる。
高品質な車体と米国の人工知能の下の改装を受け持つ制御システムを安く大量生産するだけの部品メーカーになり下がるのは目に見えている。

ロボットでも同じことだ。上位にあるのは人工知能のソフトウェアの部分で、この分野は日本は欧米に周回遅れというのが実情だ。
だから日本の産業界にはロボット部品といったコモディティの生産しか期待されていない。

この競争で勝者であるのはモノを作ることをせずソフトだけで戦っているGoogleでありAppleなのだ。

『モノづくり』という言葉が日本経済を支配してきたが、それを大きく見直さなければならない。
『モノづくり』棚卸をして、それが国内で需要のあるものであればのこっせばいい、それが日本でしか作れないもの、他国が何年たってもマネできないようなものは輸出向けとして残す価値がある。
そうでないものは捨てていくべきなのだ。

実は寿司やラーメン、日本酒といったものに始まる和食などは日本人にしか作れないものであり、なおかつ国際的に価値が高い。
そこでは高収益を上げるチャンスがある。
現地の人が作るニセモノもたくさん出てくるだろうが、「味」は日本人の職人が作るものにかなわないからマーケットでは一番収益性の高いピラミッドのトップのセグメントを占め続けることができる。
作り方というソフト自体は価値の高い売り物だ。
日本の伝統工芸でも欧米の富裕層に向けて非常に付加価値の高いものを売ることに成功しているものもある。

人工知能の時代に入るなら、あくまでソフトの分野で他国にマネのできないソフトを創り出していかなければならない。
日本のIT産業のNECや富士通などソフトの分野では自分たちで何の付加価値も意味出してこれなかったような企業は淘汰されてしかるべきだ。今の彼らの売り物はSAP(ERP)パッケージ、クラウドコンピューティング、IoT、ビッグデータ…どれも人様の作ったものの受け売りだけだ。
この時代に合って肝心かなめのIT産業は国際競争力ゼロというのは絶望的な気分にさせてくれる。
『モノづくり』等という過去の価値観からいつまでも脱却できないから何一つ新しいものを生み出せないのだろう。

東電がつぶれ、サンヨー、シャープ、東芝と続いている現状を見れば、「大きいからつぶせない」という常識は産業界には通用しない。むしろ存続させてはいけないというのが僕の考えだ。
米国という曲りなりの労働力のある市場に対していつまでもモノを輸出し続けるというのは考えが甘い、現地で設計し生産すればいいだけの話だ。

新幹線も工事のプロジェクトノウハウ、部品・製品の設計・生産ノウハウ、運用・メンテナンスノウハウといったソフトの部分にこそ価値がある。工場を現地で作り、現地の人に教えて生産できるようにしてやればいい。
彼らが作れないキーユニット/部品だけは輸出してやればいいのだ。
それが相手国が最も喜ぶやり方であるし、モノの輸出にこだわる必要な全くない。
安全な水を売るというのも工事や運営のノウハウというソフトの輸出である。

このモノ(コモディティ)の輸出というパラダイムを捨て去らない限り、人口減少は止まらず、年金は破たんし、財政は健全化できず、日本は自滅する
これがボクの今のところの考えだ。


余談)
仮説とはこのように、現時点での未解決の課題・検討点を書き出すことで、より強固に構築しうるものらしい。
少なくとも人間はこれだけ幅広いものの全体像は一度にCPUに載せきれないので、外部メモリ書き出しに相当する「書き出し」作業が必要なものらしい。
単にボクの頭が悪いだけかもしれないが…

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック