ワクチンは難しい可能性、しかし予防薬は期待できるのでは?

 SARS(Severe acute respiratory syndrome重症急性呼吸器症候群)は2003年中国広東省、香港で流行が始まった謎の新型感染症に対してつけられた名前だ。同年3月香港大学が新しいウィルスを発見し、米国疾病予防管理センターCDCが各地の患者からほぼ同じ遺伝子配列のウィルスを検出した。そのウィルスについた名前がSARSコロナウイルス(SARS-CoV)である。日本では感染者が出なかったが、トロント、オタワ、サンフランシスコ、ウランバートル、マニラ、シンガポール、台湾、ハノイ、香港で感染拡大が見られ、中国国内では広東省、吉林省、河北省、湖北省、陝西省、江蘇省、山西省、天津市、内モンゴル自治区などに拡大し、8096人が感染し、774人が亡くなった。
 2002年12月に中国広東省で高熱を伴う急性肺炎がいくつか発生したのをカナダの監視当局が11月に広東省でインフルエンザが流行とWHOに報告している。WHOの照会に対して中国政府は翌年2月まで報告を怠っている。今回と同様当時も中国政府は当初隠ぺいを図っていたため、WHOがアラートを出したのは3月12日だった。
 このSARSが今回ほど世界に感染拡大しなかったのは、潜伏期間に感染することがなかったことと、死亡率が高く発症してからは重症化が早く患者が動き回れなかったことが理由と考えられる。逆に今回の新型コロナウィルスがここまで世界に蔓延できたのは、無症状者、軽症者がある程度の期間動き回れたためだろう。だから今回のウィルスは「賢い」といわれる。

 今回の新型コロナウィルスのウィルスの名前はSARS-CoV2という。RNAゲノムの80%が当時のSARSと同じであるため、SARSの新種と考えられたからだ。2つのウィルスは寄生対象(人体)の細胞に入り込むために細胞表面のACE2というタンパク質をレセプター(受容体)として利用する点も共通している。2003年に見いだされたSARSに対しては中国と香港でワクチン開発が進められてきたが、いまだに成功していない。その理由について解説した記事があったので、今回はそれを紹介する。(「新型コロナはワクチン開発が難しい「猫型」の恐れも」
免疫システムは動物が最近、ウィルス、寄生虫などに対して対抗するため長い年月をかけて構築してきた複雑な防御システムだ。なぜワクチンがうまくいかないか、「抗体」とはどういうものかを免疫システムの働きで説明するのでちょっととっつきにくいかもしれない。しかし、本筋はわりと単純な話だ。「抗体」をもっていれば感染することなく自由な生活がおくれる『証明書』になる、と期待している人がいれば、そういう単純な話でないことをきちんと理解していただく必要がある

 この稿の目的は「あと1年か1年半すればワクチンが国民の大多数に接種されるようになって元の日常生活に戻れる」という多くの人の希望を断って絶望の淵に突き落とすことではなく、ワクチンが開発できない場合の社会のプランBを今から準備すべきという趣旨で書き始めたのだが、書いていて予防薬があり得ると寝る前に考えていたことを思い出した。プランBについては稿を改めて準備する。

ワクチンの仕組み
 前述の記事(「新型コロナはワクチン開発が難しい「猫型」の恐れも」)によると2020年になって香港大学がこれまでのSARSに対するワクチン開発の経緯を総括したレポートを出していて、なぜSARSウィルスに対してワクチン開発が成功していないかの説明があるという。
 SARSウィルスも新型コロナウィルスも細胞に入り込むためには、前述したように、(気道や肺胞などの細胞表面にある)ACE2というタンパク質をレセプターとして利用する。ウィルス側のリガンドという鍵レセプターという鍵穴にはまることでウィルスがその遺伝子RNAを細胞内部に送り込むことができる。このリガンドとレセプターはどちらもタンパク質だが、タンパク質は多数のアミノ酸が複雑な3次元形状に連なって組み上がったのもので、レセプターは何億種類のタンパク質(又はもっと小さいアミノ酸の集合体)の中でも特定の数種類以外には反応しない。こういうリガンドとレセプターという関係は人(または動物)の体内の活動の多くの場面に現れる一般的な仕組みで、ホルモンや神経伝達物質の受け渡しなどにも使われている。ウィルスはその仕組みを悪用して動植物に入り込んでくるわけだ。
 香港大学の研究チームの論文によるとSARSウィルスのリガンドはS、N、M、Eの4種類のタンパク質で、人の免疫がよく反応するのはこのうちSとNの2種類らしい。
 免疫システムの中でB細胞が算出するタンパク質「抗体」はこのウィルスのリガンドにとりついてそれを無効化するものだ。抗体のとりつく相手を抗原という。 リガンドがブロックされると、ウィルスは寄生対象の細胞にとりつくことができないため、ウィルスは<感染できない>ことになる。複雑な3次元形状のタンパク質の形状にとりつくということは、「抗体」も抗原特異的(相手が限定される)であって、どんなウィルスにも有効な万能な抗体などはない(注)。
 そしてワクチンとはそういう抗原の弱毒化したもの(たとえばウィルスのリガンド部分だけ切り取ったもの)を人体に与えて、B細胞にその抗原に対する抗体を準備させるという考え方、仕組みである。

注 蛇足)ただし似ているということはある。献血の保存血液を調べてみたら去年の12月の時点で新型コロナウィルスに対する抗体が見つかった、などとニュースがあったりするが、風邪のコロナウィルスに対する抗体と完全に識別できた検査かどうか疑わしい。実際レセプターがリガンドを取り違えることは人体でも起こっている。脳の神経伝達物質アセチルコリンのリガンドはニコチンのリガンドと似ているので、脳の中で取り違えが起きてしまう。脳の中でニコチンが多いとアセチルコリンが生産されなくなってしまい、タバコを止めると頭がぼーっとしてしまう。これがニコチン依存症につながっている。

免疫システムの基本の「き」
 免疫システムが複雑・難解と思われるのは、登場人物(キャラクター)がやたらと多いからだろう。まずマクロファージ、好中球といった外敵を食べてしまう食細胞がいる。これらは相手かまわず行動する。次に樹状細胞という敵を食べて、これが「敵の正体です」と敵の一部である「抗原」を他の細胞に提示する抗原提示細胞もあるその抗原の提示を受けてそれを探し出して直接攻撃するキラーT細胞もいる。これらは細胞自体が兵隊となって敵のいるところまで行って攻撃するので「細胞性免疫」と呼ばれる。ただしT細胞は敵を食べるのではなくてサイトカインという炎症物質を出して攻撃するが、多くの場合自分の細胞そのものも攻撃することになる。
次の図は樹状細胞が敵の一部を抗原としてT細胞に提示するイラスト(イラストは「もっとわかる!免疫学 河本学 羊文社」より引用)
樹状細胞が抗原を運ぶ.jpg
 このサイトカインは炎症物質(インターロイキン、インターフェロンなど)で結構な悪さも引き起こすので注意が必要だ。早い話、肺炎というのはT細胞の出すサイトカインによって肺胞細胞が破壊されすぎると呼吸困難に陥り、酸素吸入や人工呼吸器が必要になったりするものだ。ウィルスのせいで呼吸困難になるわけではない。肺だけではない。血液を通してウィルスが心臓に行けば心臓の細胞を攻撃してダメージを与えるし、サイトカインストームという抑制の利かない状態になると、街を歩いていた人や買い物をしていた人が突然心臓発作でばたりと倒れて亡くなるという事態も起きる。SARSでも目撃されていたらしいが、今回の新型コロナウィルスでもサイトカインストームがでると一気に重症化するので深刻だ。自宅静養中の軽症者が朝は元気だったのに夜はなくなっていた、というのもサイトカインストームが疑われる。またニューヨークでは若い人の脳卒中頻度が高いと警鐘が鳴らされている。脳卒中を起こしたり足の指先などに血栓ができたりするのは、血管内皮細胞にウィルスが入り込む性質によるが、直接的にはそこでT細胞のサイトカイン攻撃によって血管を壊してしまうという細胞免疫の働きによるものと考えられる。件のサイトカインストームを制御する技術はまだ臨床では確立していず、インターロイキン1(IL-1)阻害剤、インターロイキン6(IL-6)阻害剤などが現場で試されている。サイトカインには種類が多いのが事態を難しくしている。そしてT細胞の行動を調整するような技術はまだ人類にはないのだ。
 もう一方で「液性免疫」というシステムもある。B細胞には様々な抗原が記憶されていて、要求(抗原提示)に応じてちがった抗体を生産することができる。樹状細胞が人体に入ってきた敵の一部「抗原」をB細胞に「これ作れる?」と提示すると、B細胞は「わかった。作るよ」とその抗原にあった「抗体」を生産して血液中に流しだす。血液中に流れ出した抗体はそのくっつく相手(抗原)を見つけるとそれにとりつくことでウィルスを無効化する。T細胞は抗原がどれだけ体内に入ってきているかを監視しながら、B細胞にもっと作れもっとがんばれと催促し監督する。
次の図は樹状細胞がB細胞に抗原を示し、B細胞が抗体を生産して放出するイラストである。(イラストの出典は前図と同様)
獲得免疫系の働き2.jpg
 一方ヘルパーT細胞(Th細胞)という違う細胞もいて、抗原が見当たらなくなったら「攻撃やめーい」と細胞性免疫系に号令をかける。これがないと免疫システムが止まらなくなるのでまずいのだが、このTh細胞の不調が花粉症などのアレルギーの根本原因だ。(そもそもの原因は樹状細胞が感度が良すぎて違うものまで「敵が来た」と判断してしまうためでもある。樹状細胞は花粉などの物質でなく温度や気圧にも反応してしまう。だからアレルギーの人は温度や気圧の変化に敏感で弱い)現代人が幼少期に動物起因のダニや寄生虫に接しない衛生的な環境で生活したためにTh1,Th2というヘルパー細胞のバランスが崩れてアレルギーが増えている、という「幼児期衛生環境説」が説得力があると筆者は考えている。
 B細胞はその時その時で抗原にあった抗体を作る能力があるが、感染してもなかなかすぐには抗体の生産量は上げられず、症状が重症化してしまうと免疫力自体が下がって侵入してきた敵に対抗できなくなってしまう。そこでウィルスが入ってきたらすぐに抗体の生産量を上げるられるようにあらかじめこういう抗原があるぞと教えておいた方がいい。ワクチンはそういう仕組みだ。

SARS-CoV2には有効なワクチンが開発できない可能性
 以上は免疫システムの基本なのだが、ワクチンがうまく機能しないウィルスもある。HIVウィルスはそうであったし、中国や香港で15年以上研究されているSARSでもいまだにそうだ。せっかくワクチンによって作られた抗体が「抗体介在性感染増強(ADE)」を引き起こしてしまう現象が生じるらしい。抗体がリガンドをブロックせず、わざわざACE2というレセプターにノリの役割をはたしてくっつけてしまう。香港大学の研究チームによればS,N,M,EのうちSタンパク質はこのADEが発生することでワクチンを作ってもウィルスをブロックできなかったという。HIVウィルス、SARSウィルスに対してワクチン開発が成功していないのはこのためらしい。香港大学の研究チームの論文では人の免疫が反応しやすい(抗体を作りやすい)もう一つのNタンパク質がどうかは不明なのでワクチン開発が成功する可能性は残されてはいるともううが…
 したがって新型コロナウィルスに対する「抗体」が血液中に見つかったとしても、それは必ずしも新型コロナに感染しないという事を意味するわけではない。このことは理解しておく必要がある。問題なのはその抗体が新型コロナウィルスの抗原(リガンド)をブロックする能力があるかどうかなのだ。

 そもそもSARS-CoV2の場合、感染者の体内でどういう反応が起きているのか定かではない。
 無症状感染者が発症もせずそのまま陰性化したケースはB細胞が作り出した抗体が機能してウィルスが消滅したとも解釈できるが、抗体はうまく機能せずマクロファージなどの食細胞やキラーT細胞によってウィルスが消滅したのかもしれない。T細胞の厳しい攻撃が続くとCTスキャンで肺にコロナウィルス特有の白い筋(死んだ肺胞細胞の痕跡)が出るが、こうなるまで進行するという事は、B細胞はその感染者の中ではウィルスに対して抗体を十分作れなかったのかもしれないが、B細胞の作る抗体が抗体介在性感染増強ADEを起こしてウィルスをわざわざ肺胞細胞につないでしまったのかもしれない。また一方で、陰性化のあと再び陽性化するケースもあるが、これはPCR検査の精度が悪くほんとはウィルスがいたのに見逃していた場合なのかもしれないし、B細胞の作る抗体の生産量が数を増やし続けるウィルスの量に追い付かなくなったのかもしれないし、ひょっとすると生産された抗体がウィルスに感染するのを助けたのかもしれない。

 ちなみにBCG接種が新型コロナウィルスの感染拡大や死亡率を下げているという仮説は、牛の結核菌を240代培養した結核用のワクチンが(抗原特異性の強い)「液性免疫」ではなく(汎用性のある)「細胞性免疫」を強めているのではないか、と考える人々がいるということらしい。ワクチンによる抗体の賞味期限は数か月(インフルエンザなど)からせいぜい数年なのだが、ワクチンが何十年間ものあいだ「細胞性免疫」を強めるなどという知見は従来の免疫学にはない話で、筆者はコメントしようがない。
 しかし、BCGワクチン接種をやめた西ヨーロッパと続けている東ヨーロッパの感染拡大の大きさ、死亡率のコントラストはすさまじいから、そういいたくなるのもわかる。しかしイギリスだって2003年までBCGワクチン接種をしていたがあの惨状だ。また西ヨーロッパの死者の3割から6割は医療システムから切り離された介護施設の高齢者で占められているので、死亡率の比較にもいくつかの留意が必要だ。
 さらにソ連株や日本株は有効だがデンマーク株は効かない、という説まである。オーストラリアがBCGワクチン接種の免疫増強効果の検証試験に入るというニュースが3月にあったが、続報を待つしかないだろう。
 東アジア東南アジア諸国の多くは確かに感染拡大を早期に抑え込めたし死亡率が低く優秀だったが、フィリピンとインドネシアはBCGワクチン接種をやっていても、歯止めがかかっていない。またBCGワクチン接種をやっていないオーストラリア、ニュージーランドは東アジアと全く同じようにみごと抑制に成功している。感染拡大と死亡率を左右するのはおそらく複数の要因なのだろう。早い段階の政府・自治体の指示、マスクの在庫と習慣、手洗いのできるきれいな水、ソーシャルディスタンス、国民の規律、スラム街の規模、介護施設と医療との連携、気温・湿度、そこにBCGワクチン接種が加わるのかもしれない。さらに次項のような日常的な食品も影響したかもしれない。

ワクチンより特効薬の方が早い可能性
 筆者の考えではワクチン開発と並行して「予防薬」の開発に力を注いだ方がよいと考える。事実関係の認識に間違えがなければ、細胞表面のACE2レセプターをブロックするリガンド部品をあらかじめ投与してしまえばSARS-CoV2への感染を防げる。そしてACE阻害物質候補はすでに先行する研究で知られている。2005年に日本人研究者が大豆やアブラナ科の植物のタンパク質に多く含まれるペプチド(アミノ酸が数個のつながったもの)ニコチアナミンがACE2をブロックする働きがあることを見出している。(Nicotianamine is a novel angiotensin-converting enzyme 2 inhibitor in soybean)ニコチアナミンはSARS-CoV、SARS-CoV2両方をブロックすることが期待できる。
 ニコチアナミンはたんぱく質ほど大きくない小さなペプチドなので、経口摂取でも胃で分解されずに直接吸収されある程度血液中に流れると考えられるが、気道や肺を守るには吸入薬を作る必要があるだろう。もともと大豆タンパク質などを分解してできるもので、普段経口摂取している食品の分解物だから安全性には問題がないと断言できる。肺に粉またはゾルを吸い込んだ時に酸素吸収量などに問題がないか、すぐに作って動物実験に取り掛かってもらいたいものだ。筆者は期待したい。

 ニコチアナミンではないが、ACE阻害剤及びACE受容体拮抗薬は実は降圧薬として医療現場で使われていて、それらの投与が一定の効果を上げているというデータが出ている。ACE阻害剤とは、ACE2を作るACE(アンジオテンシン変換酵素)の働きを阻害するもの。
ACE2を阻害(ブロック)するニコチアナミンが降圧薬として作用するとは考えにくいが(それなら低血圧の人は大豆を取りすぎてはいけなくなる)、その可能性もある。その機序を解明し、場合によっては肺に吸入する場合でも経口摂取する場合でも容量・用法を誤ってはいけないのかもしれない。
以下はご参考までだが、ACE阻害剤とACE2阻害(ブロック)を混同しないように。
当初から高血圧患者は重症化リスクが高いとされていたので、降圧薬が悪さをしているのではないかと疑う向きがあったが、そうではなかったという事だ。

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