もはや「異常気象」で済ませられない

 7月4日以降の豪雨で熊本、長崎、福岡、大分、鹿児島、京都、岐阜、長野各県など広範囲で河川氾濫と土砂崩れなどの水害が発生しており、まだ雨は終わっていない。特に線状降水帯が長時間発生した熊本県の被害は尋常ではなく、浸水した家屋は1万件以上とみられる。流域の家屋が全て1階以上に浸水した一昨年の岡山県倉敷市真備町の光景が熊本県人吉市で見られた。これは悲惨だ。
今回の豪雨災害は『令和2年7月豪雨』と命名されたようだ。
R2年7月熊本豪雨.JPG
 被災した全ての方々にはお悔やみ申し上げます。

 九州はここ4年間毎年のように大雨による災害が発生している。一昨年の広島県の豪雨災害も梅雨の後半の7月第1週だった。以前の気象では梅雨も7月に入ると急に晴れ間が広がって時折雨が降る程度だったが、最近の気象は全く様相が異なっている。年によってはいつ梅雨が明けたのか誰にも分からないような年もあった。
 この梅雨前線の停滞の長期化は太平洋高気圧の張り出しの弱さとして説明されるが、なぜそうなるのか本質的な説明ができる人はいない。
そして繰り返して叫ばれるのは「地球温暖化」と「異常気象」という言葉だ。気温が0.5℃上昇すれば海水温の蒸発が多くなり、その分降雨量が全体的に多くなるのは理解できるが、それが例えば今回のように48時間で600㎜の雨が降るとか、1週間で半年分の900mm、1000mmの雨が降るなどということを説明できるモデルは存在しない。

 ただ各地の気象は、1900年代の100年間の気象とは違ってしまった。「異常」だがこれが「常態」という覚悟を決めるしかない
毎年梅雨の後半には西日本で豪雨になり、どこに上陸するか分からない巨大台風がこれまでの想定を超える降雨量をもたらすので、日本の全ての河川で氾濫する危険があるという事だ。
 日本の河川の堤防は上流域で3日間600㎜の降水量があっても決壊しないような設計にはなっていない。河川にかかる橋梁も上流から大量の樹木や土砂が流されてきたときにも耐えられるような設計にはなっていない。昨年ラグビーWCの期間中に襲った台風19号により信濃川、荒川、阿武隈川など一級河川の堤防ですら多く越水し破壊された。
 日本の河川の堤防と橋梁を全て強化し作り替えるには膨大な予算と膨大な時間が必要になる。それを「国土強靭化」として全てやるよりは、水害がない地域に移転させる方に予算を使うべきではないだろうか? ハザードマップで浸水地域となっている住居を移転する際には補助金を出すとか、補助金を出して集落の集団移転を進めるといった方法をとるべきだと考える。
 これは難しい話だろう。先祖代々の家屋敷や田畑を手放せないとか、温泉地であり観光地でもあるなどその土地に残りたい人は大勢いるだろう。しかし、命が助かっても床上浸水した家の一階の壁の内側はカビが回ってしまうので作り直さなければならない。家財道具も半分以上ダメになっているだろう。それでも新しい家を同じところに建てるか?という時、他の土地に行くなら補助金を多く出すと国が言えば考え直す人も多くなるのではないだろうか?
 これが数十年に一度であって、あと数十年は絶対大丈夫なわけではない。むしろこういう水害を毎年覚悟しなければならない

 もはや「異常気象」だからと言って慰めを言っているだけではいけない。
 先を見据えなければいけない。

 そもそも地球40億年の歴史では地球全体が氷で覆われた「全球氷結」が2度あったことが分かっているし、逆に火山活動の活発化などが理由で温暖化し、南極にまで植物が茂り恐竜が闊歩していたことも分かっている。人間が温暖化ガスを出そうと出すまいと気象そのものの変動幅は非常に大きい。ヨーロッパや日本でどんだけわめこうとも、米国、中国、インドあたりが温暖化ガスの排出をストップしない限り二酸化炭素の濃度は上昇し続ける。筆者の意見ではすでに以前の気象に引き返せるターニングポイントを超えてしまって温暖化ガスの濃度はオーバーシュートしている。
 どうしても気象を1900年代に戻したいなら、米国人、中国人、インド人を絶滅させることだ。ウィルスを開発してもいいし、EMPを爆発させて経済を停止させていもいい。COPXXやダボス会議でいくら議論しても彼らを止めることはできない。そして、たとえ今この瞬間彼らを絶滅させたとしても、気象は当分1900年代には戻らないだろう。大気中の「余計な」温室効果ガスを有効に大量に吸収して固化する技術がないのだから。

 国がやるべきことは、将来を含めた流域人口や工業的・農業的重要度を見定め、河川や橋梁を強化する優先順位をつけることだろう。まずは流域人口が将来も多く工業・農業的に価値のある河川に関しては徹底して河川の狭窄部(狭くなっていて流れをせき止めるような場所)を拡げ、堤防を強化し、橋梁を強化すること。それ以外の保存優先順位の低い河川流域に関しては集団移転を促進すること。これしかない。
 筆者は次の世代に引き継がれるインフラ資産の補修や構築に関してはどんどん国債を発行して(借金をして)施工・施行していくべきと考える。
逆に年寄りをただ長生きさせるためだけの高齢者医療の財源確保に国債(国の借金)を発行すべきでないと考えている。そんな目的の借金を後の世代に返済させるのは間違っているからだ。

7月15日追記)
 国がコンパクトシティー推進する中、自治体は「居住誘導区域」を危険な場所に指定している例が多いという。日経新聞によると河川が氾濫した場合に浸水する恐れがある「浸水想定区域」と居住誘導区域が重なる場所がある都市は242と全体の88%を占めた。「土砂災害警戒区域」と重なる都市は93で34%、「津波浸水想定区域」と重なる都市は74で27%あったという。(「自治体の9割、浸水危険地域でも住宅立地 転出に遅れ」)これではいけない。
 山間地にある自治体や河川流域にある自治体では「空いている土地」は危険な土地しかないのかもしれない。つまり自治体内では安全な移転先がない場合も十分ありうる。移転は市町村内に限定してはいけない。市町村自体を移転させる必要も出てくると考えられる。
 国は防災とコンパクトシティー構想を両立させるべく強い指導をしていかないと、住民の安全と行政の効率を実現できない。
 繰り返しになるが、これは異常気象ではなく、これが『状態気象』だとして対応していかなければならない

水害だけでなく地震に対しても都市を再構築すべき
 筆者の考えでは、水害だけでなく予期されている直下型地震や海溝型地震の津波の際に避難場所が確保できない地域も、防災の観点から移転を進めるべきだと考える。例えば墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区などの約188万人が台風19号クラスの水害や首都直下型地震や相模湾トラフ地震の津波に対応できる避難所はどこにもない。停電・断水が1か月続くとき高層マンションの住民への水・食糧の供給は絶望的な事態になる。
 人が過密に暮らす都市は防災上極めて重大な欠陥となっている。これらの地域の住民の移転先を都内に想定するのは無理な話だ。名古屋や大阪も水害に対して非常に脆弱だ。
 地方都市をコンパクトシティー化する一方、首都圏、名古屋圏、大阪圏などの人口密集を分散させる防災構想もまた必要だと考える。

 そんな金はどこにもないというなら仕方がない。実際に関東大震災や南海トラフ地震が起こって大都市が破壊され、多くの人が避難できず救援されず亡くなってから都市を再構築するしかない。

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