テーマ:日本人とは

アインシュタインの警告 3.日本人の道徳性の起源

1)日本人独自の自然災害史観からくる精神性日本人の大きな自然災害を受けた時に見せる高い精神性に関しては、東日本大震災時のチェーンメールでも称えられたように江戸末期から変わっていないようである。財団法人国土技術研究センター理事長である大石久和氏が2011年5月の雑誌『Will』に興味深い論文を載せているという。それを取り上げているブログの…
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アインシュタインの警告 4.日本人はどう変わったか?

以前のブログ「1.昔の日本人はどんな人たちだったか」で以下のようなことを示した。初代駐日大使タウゼント・ハリスは「私は時としてこの日本を開国させ外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の幸福を増進させる所以であるか疑わしくなる」といい、その通訳のヒュースケンは「私は、おお神よ、この幸福な情景が今や終わりを迎えようとしており、西洋の…
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アインシュタインの警告 2.西洋化の後、日本人はなにをしてきたのか?

1.昔の日本人はどんな人々だったか?で見たように、幕末から明治にかけて西洋人が見た日本人は、彼らの文化から想像できない別の文化を持っていて、それはひどく称賛されていた。彼らが称賛したのは礼儀正しい、品位がある、盗まない、相手を尊重する、謙虚、質素だが生活の中に芸術がある、自然と一体となった生活、貧乏でも道徳がある、といった賤しい田夫にま…
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アインシュタインの警告 1.昔の日本人はどんな人々だったか?

 1.昔の日本人はどんな人々だったか? 1922年(大正11年)11月、アインシュタインが日本に招かれ、約40日を過ごした。当時、特殊相対性理論を一般相対性理論に拡張して当時の物理学の頂点の一人だった学者を日本人は熱狂的に歓迎した。一方、第一次世界大戦で疲弊したヨーロッパから当時いまだに<神秘の国>とされていた日本に来た物理学者は、一…
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日本の原点に関する考察 1)Y染色体ハプログループ

1.Y染色体ハプログループからの考察 ハプログループ(haplogroup)とは、単一の一塩基多型 (SNP) 変異をもつハプロタイプ(この場合Y染色体)の集団の意味。 一塩基多型SNPとはゲノムの塩基配列上で現れるひとつだけ異なる塩基単位のランダムな突然変異をさす。その変異を個々に並べて比べてみるとどういうグループ分けができて、どれ…
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こころ余りて言葉足らず 在原業平(2)

『かずかずに 思い思わず問(とい)がたみ 身を知る雨の降りぞまされる』 当時の和歌は男女の手紙のやり取りの代わりのような役割があり、男から贈られたメッセージに対して歌人が代筆することもしばしばだった。これはその一つ。 当時は男が女のもとに通うのが恋愛であり、結婚であったが、この女性は男から雨が降っているので今日は行けない、と…
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こころ余りて言葉足らず 在原業平(1)

『古今集』仮名序は、在原業平(ありわらのなりひら)の歌を「そのこころ余りて言葉足らず、しぼめる花の色なくて匂い残れるがごとし」と評している。 書や和歌に興味を持つようになったのはここ10年ぐらいのことだ。 亡くなった父は書だけでなく刻字(こくじ:木の板に字を彫るもの)までやったし、和歌は若いころに和歌の家元に養子に入る話もあ…
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日本人の宗教観=世界観(1)

1)イントロダクション 日本人の大半は「あなたの宗教は?」と問われると「無宗教」と答えるという。 しかし興味深い指摘がる。イスラム教の整地メッカには世界中から信者が集まりその数200万人とTVニュースは白衣を着た信者で埋まった広場の映像を流すが、ある時期に集まる人の数で言ったら日本人の数はイスラム教徒の比ではない。正月三が日に神社仏…
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熊野詣

今年に入って何かスイッチが入ったように神社にお参りするようになっている。 今年60歳になるという年齢のなせるものなのかもしれない。 今まで気にも留めていなかった「日本」を知らずに済ますわけにいかないと思うようになったのかもしれない。 今年の元旦には今まで神奈川県に住んできて一度も訪れたことのなかった寒川神社にお参りした。 寒川…
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