新型コロナウィルス これまでの知見の整理2

 新型コロナウィルスSARS-CoVー2に関しては分からないことが多い。分かっていると思っていたら筆者が知らなかったということもあり、情報は日々更新、追加されている。
 前回「これまでの知見の整理」を書いたばかりで、その舌の根も乾かないうちに新たなものを<追記>以上に書かなければならなくなるとは思いもよらなかった。あまりため込んでいると自分でもわからなくなってしまうので、ご容赦願いたい。
今回の知見も<追記>や追加がいずれ続くと思う。

1.遺伝子の変異について
 SARS-Cov-2のゲノムはRNA1本鎖だけなのでRNAが2本鎖が対に結合したDNAより複製ミスによる遺伝子変異が起きやすい(複製エラーを全く修復できないわけではないが)。その変異は元の中国・武漢(S系統)のものからすでにL,V,O,GH,G,GRの6系統に分かれていると考えられている。
 次図は鳥インフルエンザの国際遺伝子情報共有サイトGISAIDに掲載されているSARS-CoV-2の系統図。
SARS-Cov-2遺伝子系統図.png
次図は各系統の世界の分布状況。
トリミング世界系統図.png
 これをみると中国ではLが多いが日本ではLは20%程度でGRの方が多い。東南アジアではOが多く、オセアニアではOやGRが多い。西ヨーロッパではイギリス、スイス、スウェーデン、ポーランド、リトアニアでGRが半分かそれ以上である一方、イタリア、スペインではGが半分かそれ以上あり、フランスではGHが半分、ドイツではGHとGが1/3づつといった感じで地域ごとに差がある。それぞれの国や地域はある段階で国外との出入りをシャットアウトしているので、国内での分布は他の地域との人の出入りで様々なタイプがブレンドされたというよりは、国内で自然発生的にいくつかの系統に枝分かれした、と見るべきだろう。

 〇〇系統は感染力が強いとか毒性が強いとかいう記事もあるが(例えば「恐れていた感染第2波、正体は感染力を増したG系統」)、正しく検証する方策がいまのところないので筆者は信用しない。イギリス、スウェーデンをみるとGRの感染力はすごいなと見えるが、同じGRが過半数のリトアニアではほとんど感染拡大していない。(直近の100万人当たりの感染者数はイギリス4,340、スウェーデン7,650、リトアニア710)今のところ系統別に感染力や毒性に違いがあるという明確な知見はない。感染の広がりは遺伝的なものだけでなくキスやハグ、マスクなどの習慣、ロックダウンの早さ、スラム街の大きさ、市民の協力度など様々なファクターの結果を見ているに過ぎない。ウィルスの遺伝子情報から感染力や毒性を読み取れるような技術は存在しない。

 しかし5月末に遺伝子変異に関しては重要な知見が得られている。SARS-Cov-2検出用のPCR検査に用いられているプライマーやプローブが、一部の変異後のウイルスの塩基配列とマッチしなくなっているというのである。GISAID databaseに報告された1825件のSARS-CoV-2遺伝子塩基配列を調べたところ、1塩基以上の突然変異は79%に起こっており、3塩基置換を起こしたウイルス株も14%見つかったと報告があった。つまり、COVID-19のためのPCR検査用に設計されたプライマーの1つは、既に14%の感染者を検出できなくなったことが示唆された。なんとも恐るべきウィルスだ。(日経メディカル記事「流行当初のPCR検査用のプライマーでは一部の変異株を見落とす」


2.コロナウィルスの神経疾患
 SARS-CoV-2の引き起こす症状は肺炎の重症化と血栓症が多く取り上げられてきたが、神経系統にもダメージを与えうるという衝撃的な知見がでた。Medical Tribune「COVID-19時代のコロナウイルス神経疾患」
 この記事は熊本の神経内科医・橋本洋一郎氏によるものだが、氏によるとコロナウィルスが結合するACE2レセプターは気道上皮、腎臓細胞、小腸、肺実質、全身および中枢神経全体の血管内皮に発現しているだけでなく、ヒトの脳の黒質、脳室、中側頭回、後帯状回、嗅球に高度に集中し、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトで発現していることが分かっている、という。これは筆者は知らなかった。初期症状で嗅覚異常、味覚異常があげられるが、鼻腔から嗅球の細胞にウィルスが侵入してしまう事によると考えられる。しかしそれより中に入ってこられると事態は深刻だ。
ACE2受容体を発現する脳の領域.png
 アストロサイト、オリゴデンドロサイトはニューロン(神経細胞)を支えるグリア細胞の種類。一つの神経細胞から複数の腕(軸索)が伸びて他の神経細胞と接続することで、信号伝達/反射行動/記憶/判断/思考といった「回路」を形成している。どの神経細胞が感染して壊されてもなにがしかの「回路」に直ちに大きな欠損が生じるし、その神経細胞本体と伸びた軸索を支えているのがグリア細胞なので、グリア細胞にウィルスが入り込んで増殖し、細胞を殺してしまうという事は軸索どうしの「接続」を切断し、「回路」そのものを壊してしまう事を意味する。 COVID-19の後遺症で呼吸が苦しく通勤・通学などの運動ができないという他に「めまい」が続く(60~80日以上も続く)というのがあるが、「めまい」はウィルスが神経系統を侵食したことによるものかもしれない。だとすると、そう簡単には回復しないだろう。
下手すると一生後遺症に悩まされるかもしれない
 通常<血液脳関門BBB>というものがあって、ウィルスは血液を通しては脳には入り込めない仕組みがある。しかしSARS-CoV-2は嗅球に侵入してしまえばそこから血管を通して脳内部に入り込めるし、脳内の血管内皮細胞のACE2レセプターを通して侵入する可能性もある。前出の橋本氏によれば白血球にウィルスが感染すれば血液を通してウィルスが脳に入り込めるという。
注)この<白血球(B細胞白血球、T細胞白血球、マクロファージなどの自然免疫細胞などのかたまりの総称)にSARS-CoV-2が感染する>という点については、サイトカインストームの原因が白血球にウィルスが感染したことによると考えている科学者がいるのを知っているが、免疫細胞表面にACE2レセプターが出現していてSARS-CoV-2が結合しうるという文献を読んだことがないので、筆者は「確かな知見」とは認めていない。筆者が検索した限りでは4月17日にLancetに中国人グループが投稿した論文で「仮説」としてACE2レセプターを発現していないT細胞やマクロファージにウィルスが感染する<経路>を示したものがあるだけだ。白血球(又は免疫細胞)にウィルスが感染するという話は「仮説」に過ぎないことを強調しておく。橋本氏の記事では事実であるかのように書いているが誤りである。

 念を押すようだが、嗅球がACE2レセプターを発現するのが事実であって初期症状に多くの嗅覚異常がみられることから、ウィルスが嗅球に到達し感染していることは確かと考えられる。そうであればすでに脳内に入り込んでいるので白血球がウィルスに感染しようがしまいが初期の段階で脳内にウィルスが入り込んでいることになる。上の図で嗅球の位置を確認してほしい。これは恐るべきことだ
注2)中国・武漢市の入院例では、味覚鈍麻と低嗅覚の有病率はそれぞれ5.6%と5.1%、イタリアでは19.4%になんらかの化学感覚障害、ドイツでは約88.5%に嗅覚障害、約88.0%に味覚障害、鼻詰まりがない患者の79.7%に嗅覚低下が認められた、と上の記事で橋本氏は示している。

 ただし、ウィルスが脳のどこまで入り込んだかを解剖学的に検証した例はないと思う。黒質、脳室、中側頭回、後帯状回以外の領域はACE2レセプターが発現しないのか、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトは脳の他の領域や脊髄や全身の神経系統にもある細胞なのでそれらの領域ではACE2レセプターが発現しないのか、別な科学者の知見と合わせないと心配で眠れなくなるような話だ。ただ、これまでの症例で陰性化しても意識が戻らないとか後遺症で意識の混濁が続くという報告はなく、味覚・嗅覚以外の視覚や聴覚の異常という報告もない。

参考)神経細胞はがんにならないが、グリア細胞はがんになりうる。神経細胞は生後数年以降減ることはあっても増えないが、グリア細胞は幹細胞または前駆細胞から再生されうる。昨年、海馬付近で脳神経細胞の幹細胞的なものが見つかって脳神経細胞も少しだけ増えることが分かったが、その役割は分かっていない(「老齢期でもヒトの脳では新しいニューロンが発生する」)。

<7月19日追記>
 イギリスの脳・神経障害例を調査した論文の報告が出た(日経メディカル「COVID-19患者の神経・精神合併症は多様」)。
元論文の次図から読み取ると脳血管障害や精神の異常などの脳神経障害CoroNerveは全体症例の約1000分の1程度になるが、そう読んで安心していいのかどうかは分からない。(元論文の研究チームは全国の複数の病院とネットワークを結びCoroNerveの症状を発症した場合に報告を集めていた)
イギリスのCOVIS-19総数と脳神経障害事例.png
 完全な臨床データセットが得られた125人中77人(62%)に脳血管イベントが発生しており、うち57人(74%)は脳梗塞、9人(12%)は頭蓋内出血、1人(1%)は中枢神経系血管炎を経験していた、とのこと。これらはSARS-CoV-2が脳内の血管内皮細胞に感染して免疫系がそこを攻撃することで血栓ができると理解される。脳梗塞や脳卒中は米国からも高齢者以外でもみられると注目され報告されているので既知の知見だ。
 一方125人中39人(31%)には精神状態の変容が見られた。9人(23%)は分類不能な脳症を、7人(18%)は脳炎を発症していた。39人の残り23人中10人(43%)は新規診断精神病と診断された。また、6人(26%)は認知症様の神経認知症状、残りの7人(30%)はその他の精神疾患(3人が抑鬱、2人が人格の変化、1人が緊張病、1人が躁病)と判断されていた、という。
 また、125人中6人(5%)は末梢神経障害で、6人中4人(67%)がギランバレー症候群だった。2人はその他の末梢神経障害とされていた。
上の39人+この6人を合わせた45人36%がウィルスが嗅球より脳の内部に入り込んだことによる障害と考えられる。ギランバレー症候群は運動神経障害で重症化すると中枢神経障害による呼吸困難を引き起こすものだ。ウィルスでも発症するが稀な病気で年間発症率が10万人当たり1~2人とされている(Wikipediaギランバレー症候群)。それが10万人超に対して4人発症というのだから明らかに増えている。上のMedical Tribuneの橋本氏の記事ではACE2レセプターを発現する部位に「黒質」を上げているが、その緻密部ニューロンの変性がパーキンソン病の病理とされている。幸いパーキンソン病の報告はないが、こういう部位が感染することは神経系統にとって恐ろしいことだ
 幸いなのは今のところ若い人にCoroNerveの症状は多くないことぐらいだろう。下表はCoroNerveの症状の性別年齢層などのデモグラフィー(元論文より)
CoroNerveのデモグラフィー.png


★後遺症についてもぽろぽろ報告があるが、数的にまだ少ないのでもう少し大きな調査結果が出るのを待って追記したい。
 イタリアのスクリーニングされた143例についての報告は少し物足りない(日経メディカル「COVID-19患者の多くが退院後に持続症状あり」
 筆者は、特に無症状感染者で嗅覚異常があった人がその後どうなったか等、気になっている。若い人は重症化しにくいから感染しても大丈夫と言い切れるのかどうか?>そこが注目点だ。


3.効果が期待された治療薬
 これだけ治療例がある一方、無症状感染者に対してはこうすればいい、中等症患者にはこうすればいい、こういう重症患者に対してはこれがいい、というEBM(Evidence-based Medicineエビデンスに立脚した治療法)は確立していない。現場の医師たちは試行錯誤の日々だ。うまくいく場合もあり、そうでない場合もある。その中で希望を抱かせる成功事例がないわけではない。

✖インフルエンザ薬ファビピラビル(商品名アビガン)は無症状、軽症患者の重症化率を有意に低減することはなかった
 無症状・軽症COVID-19患者でウイルス消失効果1.4倍あったものの治験の症例数が少なかったため有意な差と言えなかった
✖抗ウィルス薬レムデシビル(国内商品名ベクルリー)は重症患者を有意に軽症化することはなかった
 トランプや米国CDCが特効薬として期待していた
ナファモスタット(商品名フサン)とファビピラビル(同アビガン)2剤併用で重症患者の8割が病状回復。ただし11症例だけ
 海外報告では、ICU入院の重症患者の死亡率は30~50%なので、これは非常に十分な治療効果がでるものと今後に期待できる
△ナファモスタットがウィルス増殖を抑えるので無症状者の同居家族に予防薬として使用する治験の結果はまだ先の話

<7月31日追記>
〇?インターフェロンβ(-1a)
 英国シネアジェンが開発したインターフェロンβ吸入剤が重症化率を8割減少させたと7月21日BBCが報じた。
 まだ100名の試験段階で、この会社が論文を発表していないため詳細は不明で科学的な発表とはいえないが、今後に期待できる。
 なお、国立医薬品食品衛生研究所のHPによると、インターフェロンβ-1a(遺伝子組換え)は多発性硬化症に対して臨床効果があり、免疫調整作用、抗ウィルス作用が認められているので、おそらくインターフェロンβ-1aの製剤であると予想される。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック